風の通り道
行き慣れたいつものスーパー。
買い物をしていると、どこからか声が聞こえました。
『それ。おいしいの?』
振り返ると、涼しげな着物を着た女性が立っていました。
いつもと何も変わらないスーパーですが、その方にお会いした空間は
すべての音が消えたような気がしました。
『 おいしいですよ。』と返すと、その方は
『あなたがおいしいって言うなら食べてみようかな?』と
とても穏やかな顔で嬉しそうに通り過ぎて行きました。
いつの間にか、聞き慣れた音があふれる空間に戻り
帰宅を急ぐ人、新鮮な野菜や果物を求め、列に並ぶ人に紛れながら帰る道
いつもの景色
いつもの風景
何も変わらないのに
涙があふれてくる…
あふれる理由を探しても見つからない
その時、聞き慣れた小さな鈴の音が聞こえた。
『 ただいま。』
振り返ると、重たい荷物を抱えた娘が学校から帰ってきた。
涙の理由をどう伝えようかと考える隙もなく
『あのね?』と話し始める娘を見ながら、ふと、自分の子供時代がよみがえった。
自分は誰かに『あのね?』と話せる人がいただろうか?
『ただいま』と言える場所があっただろうか?
どんなに探しても、小さな欠片でさえ記憶にない…
その瞬間、二人の間をふわっと風が吹き抜けた…
『帰ろっか?』
小さな手が私の手をきゅっと握る。
まだまだ小さい存在と思っていたその手に
今は大きな手が守られている気がした。
『今日のご飯は?』
『オムライス』
『何でオムライスなの?』
だって。
『あたながおいしいって言うから☆』
おばあちゃんありがとう…